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"現場”の生き証人【伊藤行男】氏が語る日本の魚突きと手銛の歴史!
伝説の【篠原手銛】から現代カーボン手銛の礎を築いた【伊藤手銛】の今に至るまで!
手銛一筋!"元祖長尺カーボン手銛の生みの親"【伊藤手銛】から読み解く手銛の"基準”とは?
生まれは千葉県銚子の隣町の旭市です。
九十九里浜の一番北側で、自分が幼少の頃は春になると(未だ水は冷たいですが)父親と一緒にハマグリ採りに出掛けていました。
以前は規制がほとんどありませんでしたから、父はカッター(ハマグリ採りの道具)を使用し、自分は足だけで採っていましたが、日曜日の海日和の際には数十キロ単位で採れたものです。
そのような環境で育ったため、海で泳ぐのは全く抵抗が無く、泳ぐというより波に揉まれながら遊んでいました。このときの経験があってか?波に揉まれた際の対処法も非常に上手くなりました!笑
その後は海が好きだった縁もあり、学生時代からスクーバダイビングをしていたのですが、結婚して28歳ぐらいにスクーバも飽きてしまい、次第に素潜りで遊ぶようになっていきました。
以前から本当に好きであった魚突きをしたい願望は持っていたのですが、何処でどのように魚突きをすればいいのか判らず遊んでいたところ、ちょうど30歳のときに伊豆某所で【海の潜水】の先代会長であった篠原さんに声をかけて頂き、すっかり魚突きに魅せられてしまったという訳です。
故篠原さんと初めて一緒に魚突きをした際に85センチくらいのヒラスズキを安い土佐銛で突いてしまったのが運命の分かれ道でしたね。
【海の潜水】のメンバーは当時、凄腕のハンターばかりで、銛の製作からスーツの製造までほぼ全てを故篠原さんが手がけていらっしゃいました。
篠原銛は当時市販されていた銛とは全く異なっていて、大物でも対処可能な性能を誇っており、ステンレス製(SUS630を熱処理)の薄肉パイプで製作された銛としては画期的な仕様でした。先端部には絞りテーパー加工、後端部はストレート形状で他の追随を許さない素晴らしい手銛でした。
一方で、遠征などで非常に透明度の高い海の中で魚突きをした場合には、銛自体の剛性が弱いため(薄肉パイプなので)強力なゴムが使えず、そのため射程距離が短く、貫通力で劣る点で若干の不満がありました。私としてはこの頃から自分の考えている手銛を製作したかったのですが、そこはやはり篠原さんの手前、自身の銛の開発を進めることは出来ずにいました。
その後、篠原さんが早期定年後、58歳の若さで他界されてしまいます。それ以降は手銛を作る人が会の中に誰もおらず、この時に以前から自分が考えていた手銛を製作しようと決めたのがきっかけです。これが2001年頃の出来事になります。
仕事柄、カーボンの利点である強度、剛性、軽量さに惚れ込んでいた時期、民生用にはそれまで釣り竿、ゴルフクラブに多用されていましたが、手銛には未だ使用されていなかったので素材的に最適なこともあり、直ぐに開発を行ってみました。
この篠原銛には随分お世話になりました!
今でもこの銛を愛用している人は【海の潜水】の会の中に多数居ます。ただ後端部の強度不足が難点です。
それまでの手銛と材質が全く異なる製品を作る場合、会のメンバーからは当初受けが良くなかったですが、『何より自分が使いたい手銛を作りたい!』という思いから製品化を進めていきました。
一号機は長さが1.6mまでしか作れず、製作方法も今とは異なっていましたので自分では使用しませんでした。これはモロコ対策用として製作した銛でしたので肉厚を今の二倍程度にしたところ、会のメンバー(会長)からの受けが悪く、二回目の試作で現行品とほぼ同じ形状に行き着きました。
コンセプト1:前後は水中での抵抗を考え、テーパー状にする。
形状はテーパー以外考えられなかったのですが、篠原銛は後端部がストレートであったため、一部テーパー仕様も製作しましたが、やはりNGでした。
コンセプト2:水中でのバランスを考え、シャフトには中空部を設ける。
手銛で重要な要素のひとつは水中でのバランスです。ソリッドタイプですと水中での取り回しが駄目(手が疲れる)ですから、必ず中性浮力を考えて製作しなければいけません。また中性浮力にこだわる理由のひとつは水中で真っ直ぐ飛ぶかどうか?という事です。水中で失速してしまう銛はNGですから。
コンセプト3:強いゴムを用いても真っ直ぐに引けること。
水中では捨て発射をすることがたまにあります。(わざと発射して魚の気を引くため)
その場合、直ぐにゴムを引き直しますが、銛に対してゴムを巻き引きせずに、そのまま真っ直ぐに引けた方が時間短縮が出来、また無心動作が可能になります。強いゴムを引いて銛が壊れるようでは本末転倒ですから、何も考えずに強いゴムを引けることが重要です。
コンセプト4:貫通力があること。
コンセプト3とダブりますが、強いゴムが引ければ必然的に貫通力が増します。
コンセプト2、3、4には密接な関係があり、どれかひとつが欠けてもNGです。
トータルなバランスが銛には求められます。(水中の重さ、密度も重要です)
コンセプト5:銛の前側、後側で仕様を変えること。
これに関しては他社が誰も採用していないと思いますが、先端側と後端側では銛の材質が異なります。それはそれぞれの役割が異なるためです。後ろ側は、銛を遠くへ飛ばすため。前側は確実に魚を取り込むため!この基本仕様がはっきりと理解出来ていなければいけません。
コンセプト6:海の中で傷がついても壊れないこと。
海の中で岩に当たったり、擦れたりすると銛が傷つきます。
カーボンは繊維が糸状になっており、硬くて脆い性質がありますので、脆い材質の表面をコートすることが大切です。
コンセプト7:強度と剛性を兼ね備える。
一般的なカーボンの場合、強度と剛性は相反するパラメーターです。
手銛にも強度を持たせる所は前端部、剛性を持たせる所は後端部として切り分けています。
おさらいになりますが、強いゴムを引くためには剛性力が必要でカーボンのPAN系繊維とピッチ系繊維の使い分けをすることで最適化を図っています。
銛作りの初動として、銛は自分専用に製作したかった!誰も持っていない最強の銛が欲しかった!との思いがあり、銛作りをスタートしました。
現在の製品に辿り着くまでに色々な銛を製作しましたが、結果的に見ればもっと早く材料特性を見極めたうえで改良すべきかを判断すれば良かったと思っています!
カーボンにはPAN系繊維とピッチ系繊維があり、強度を高めようとすれば剛性が出し辛く、剛性を高めれば強度を上げ辛くなります。この辺りの使い方をもっと考えていればこれだけの苦労はしなかったかな!笑
最初に製作したカーボンの手銛は、17mmテーパーの二本継ぎでした。次に製作した手銛は、19mmの前側テーパー、後ろ側ストレートの二本継ぎでこのバージョンは失敗作です。
次に21mmの三本継ぎ手銛(前後テーパー)、その次に材質を変えて手銛を作り、現在の仕様に至っています。
現行バージョンは、材質の違いにより、16mm仕様と17mm仕様があります。
17mm仕様は非常に硬く、怪力の持ち主であればゴムは16mmの二本引きも夢ではないです。(正しく水中銃と同じ)
手銛の太さは三種類、強度も三種類において試作を行った結果、現在の強度がベストであると考えています。
尚、太さにおいては篠原銛を製作する際に決めた握り具合として、17mmが最適であるとの指標がありましたのでそれに沿って製作しました。
このような銛を用いたうえでパワーショットを実現するためには出来るだけ太い(強い)ゴムを使用することになります。銛の外径が細すぎると、握力の関係から強いゴムを引いた後に発射点で手銛をホールドし続ける事が出来ませんからね。(自分のために作った銛なので!人並みの握力を考慮してのこと)
また手銛には仕掛けの取り付け位置も重要で、大物を突いた瞬間に押し棒ごと捻られて銛の先端から折られた人たちが何人もいます。
仕掛けは仮に銛の先端を折られても良い場所に固定する。銛を折られないよう魚の力を逃がす工夫をするなど、このあたりに関しては実戦経験が物を言います。
下記のような複合手銛も多数作りました。これはゴルフシャフト+チタンの複合手銛です。それなりには使用出来るのですが、強度的にNGなため、大物には不向きです。海の中で大物に対峙した場合、使い物にならなかったので直ぐに使用を止めました。
銛は本体だけではなく、押し棒、チョッキ銛(銛先)、ゴム、だるまフック、フロートラインなどそれぞれのパートが大事ですよね。
銛は海というあまり使用環境が良くない場所で使うものですので、劣化が激しいのが難点です。特に劣化に弱いのはゴムですが、相対的に細いものほど劣化に弱い傾向にあります。使用後のメンテナンスを怠りがちなユーザーは太いゴムを使用しましょう。
太いゴムの外径は、16mmが最適でこれを一本引きで三倍から四倍程度に伸ばして引くことが出来ればかなり射程距離も伸びますので、大物を捕獲出来る可能性もアップします。ゴムの仕様で一本引き、二本引きはユーザーによって好みが分かれますが、二本引きのメリットは銛に対してゴムを左右に並べて均一に引張れますので、かなり強いゴムまで使用する事が可能になります。(12.5mm位まで)
押し棒に関しては、強い力が加わった際になるべく曲がる長さ、強度(太さ)にしてください。これについては経験を積んでいくと直ぐに理解することが出来ると思います。
最後にカーボン手銛の場合は、その性質上衝撃に弱いのが弱点です。魚を打った後に、岩下や根に入られた場合はストラクチャーを支点にして銛に力が加わり、折られてしまう危険性があります。ですので突いた魚は出来るだけ素早く根周りから引き剥がし、岩下等に入られないよう注意が必要です。
<海で失敗しないための決め事>
◎常に同じ道具を使用する。
近場の緩い海だから適当な道具でいいだろう!良い道具は大事だし、無くしたら大変だから使い分けよう!このように考えるのはNGです。海では常に同じような道具で魚突きをしていないと大事な場面で失敗してしまうことが大いにあります。
◎道具のチェックは怠らない。
当たり前の事ですが、海に入ってゴムを引いた瞬間に肝心のゴムが切れたり、色々な不具合に遭遇しないよう道具の点検を行うこと。消耗品は定期的に交換のこと。
◎失敗談を頭に叩き込んでおく。シュミレーションしておくこと。
魚の種類ごとに突き方が違いますし、魚の行動パターンも異なります。魚種に合わせて、場所に合わせて魚突きをすることが大事です。
【海の潜水/かいのせんすい】の会は、おそらく日本国内では唯一となる規模で魚突き愛好家が集っているグループかと思っています。
会の良いところは、歴戦の兵が多数在籍しているところです。魚突きは単純に魚が突ければ良いということだけではなく、安全潜水、環境保全に多少なりとも気を使わないといけませんし、魚に対してどのように対峙していけばいいのか?はじめはわからない事ばかりですから、先人の意見を参考に出来るのは何よりの幸せです。
魚突きをすることによって海が荒れてしまっては元も子もありませんので、場荒れしないように、定住性が高い根魚には手加減するぐらいの気持ちが大事だということも素人には判りませんから!
海の潜水では、かつて、会に入会できる資格として20m以上の素潜りが出来る事!という不文律がありました。現在ではそのような事はありませんが、以前は素潜りによる事故が多発しており、会のメンバーだけでも数名が海の事故で命を落としています。(25年以前)
魚突きは常に危険と背中合わせですから、一体何が危険なのか?何をしてはいけないのか?この場所では何時潜っていいのか?など、経験者に教えて頂かないと安全に潜れない事由が多数存在します。故篠原さんが会を設立したのも、そのような事を理解したうえで安全潜水をしてほしい!魚突きを楽しんでほしい!との思いからです。
【海の潜水】の会が設立されたのは今から40年ほど前かと思います。自分も23年間在籍していますが、まだまだ沢山わからない事があります。設立当初は、タンクを背負って水中銃で魚突きをすることが許されていた良き時代です。
その後、タンクでの水中銃の使用が規制され、水中銃の規制が始める前に会が出来ていましたから、当初は皆さん水中銃を使用して魚突きを楽しまれていたそうです。
*現在は一部の漁業従事者を除き、一般の遊漁者には日本国内で水中銃を用いて水産動植物を捕獲することは条例で禁止されています。
水中銃の規制に伴い、当時、島では手銛ならOKとのルールがありましたので、そのルールに基づき『手銛での魚突きを広めよう』と活動していたのが会長含めた各メンバーです。ですから会のメンバーは基本的に水中銃は使わないとのルールの下に魚突きを楽しんでいます。
会は東京都内にありますので、自然と伊豆七島が絶好の漁場となり、天気が良ければ毎週のように海に出掛けていました。しかしながら最近では何処も規制が厳しくなり、思うように魚突きが出来ないというのが現状です。
昔は、何処どこでヒラマサを何本獲った!とか、モロコを獲ったなど良く耳にしました。現在は当時に比べ魚突きの道具が非常に進歩したため、運さえよければこれらの大物を獲れる可能性は十分にありますので上記でご説明した内容を遵守されることをお勧めします。
中間シャフトは1m前後が一番安定性があるのですが、長くするとバランスが悪くなり、取り回しが極端に悪化します。銛をもう少し長くしたい場合の対応として、この極短タイプの中間を使用すると、バランスを崩さずに銛を延長出来るので、かなりの優れモノとして重宝します。
今回のインタビューでもっとも印象的だったのは、伊藤さんの未だ衰えることのない手銛への情熱でした。
日本では初めてとなる本格的な長尺タイプのカーボン手銛として、2001年に産声をあげた【伊藤手銛】
2017年現在、製作開始から今年で17年目を迎えるわけですが、今尚、現在進行形としてアップデートを続け【現代カーボン手銛の代名詞的存在】として、シーンを牽引されてらっしゃいます。
昨今のネット社会においては、至るところで類似品の手銛が出回っているのにも関わらず、今回惜しげもなくその独自のメソッドをお話してくださいました。
対談の中で筆者が特に印象を受けたのは、ご職業柄、伊藤さんがカーボンという素材に精通している本物のスペシャリストであるということでした。
筆者にも手銛の製作経験がありますが、通常、手銛のシャフトを設計する場合、大まかな仕様以外の専門的な部分は業者任せになることが大半です。伊藤手銛が他と決定的に違うと感じるところは、カーボン素材の特性を熟知したうえで、その知識を手銛という道具に自らで落とし込める技術(カーボン材の専門的な知識と手銛全体のバランス感覚)をお持ちだということです。
また、ご自身と周囲の突人の方々から得た豊富な現場経験を基に、それらを常に製品へフィードバックするという地道な作業を17年間も続けてらっしゃいます。【伊藤手銛】が現代カーボン手銛の完成形と賞賛され続ける所以がここにあります。
今回の対談では、筆者が以前から聞きたくても中々聞きずらかった質問にも笑顔で即答してくださり、さすが!時代を作ってきた先人は一本しっかりと芯の通ったコンセプトをお持ちだな!と、その器の大きさにも大変関心しました。
今回は特別にこのような機会を設けていただき、普段はなかなか表舞台に出てこられることのない本物の造り手さんに、大変貴重なお話を伺う事が出来ました。
当コンテンツが世の中の手銛愛好家をはじめ、今後の手銛シーンにおいても貴重な財産になれば大変嬉しく思います。
最後に!今回はお忙しい中に大変貴重なお時間を割いてくださった伊藤さん、本当にありがとうございました!
【伊藤手銛】に興味がおありの方は、ぜひこちらのページもご覧になってみてくださいね。